□ 僕らの小さな旅路 - 4)教団祭壇狂乱閉幕 シェンズの町のすぐ下を駆け巡る巨大な地下水道。 「侵入者ぁああ!!! 侵入者アリ……がっ!?」 警笛を鳴らしながら駆けていた教団の人間は、すばやく後頭部を殴られてそのまま昏倒した。からん、と高い音を立てて、警笛が石畳の上に転がる。 「ねねねネファンさんバレましたよ!? バレちゃいましたけどどうするんですか!?」 「…………」 「え、この人の外套、着ろって……はあ、まあ、わかりました……」 追いはぎみたいになってきたなぁ、と遠い目をしながら考えつつ、フランツはネファンに言われるがまま、気絶させた教団員の外套と中のコートをはぎ取ると、今回の旅で使う予定など無かったはずの自身の短槍をネファンに預け、てきぱきと身につけていった。サイズはちょうど足首まで隠れる程度で、ぴったりである。 二人はそのまま警笛も回収すると、ばたばたとそのまま奥へ進んでいった。すると、そうかからずに『本物』と鉢合わせる。 「あ、お前か!? 警笛を鳴らしたのはっ」 「ええ、ただ、多勢に無勢で……警笛を奪われてしまった」 「こちらを攪乱させるつもりか、よし、侵入者どもはどっちへ?」 「そこ」 「ん? ぐほっ」 フランツが指さした方を振り返った教団員は、物陰に隠れていたネファンに強襲され、呆気なく意識を手放す。こちらの人間の方が先ほどの者より多少大柄ではあるものの、ネファンの長身とは合いそうになかったため、外套で手足をしばって陰に転がすに止める。 そんな調子で二人は走り続け、やがて明らかに地下水道とは雰囲気がことなる、真新しさを感じさせる扉を発見した。観音開きのその大扉は、わずかに隙間が空いており、そこから中の様子をうかがうことができた。 「さっきの警笛は?」 「侵入者だと。《ガレアン》に動きはないとのことだが……」 「地下水道のあちこちで、襲撃されたものたちが転がっている。とどめは刺されていないようだが、供給係が二人やられた」 「くそ、巡回なんぞ従順な下っ端にだけ任せていればいいものを!」 二人の男が大声で苛立ちをぶちまけながら、さらに部屋の奥にある扉のひとつへ向かっていく。彼らの姿が見えなくなったところで、フランツとネファンは部屋の中へ滑り込んだ。 天井の低い五角形のホールのような場所で、男達が入っていった扉やネファンたちが入ってきた大扉を含めると、五つの壁にそれぞれ扉が一つずつ取り付けられている。扉の前には魔法陣が描かれており、男たちが入っていった扉の前の魔法陣が、一番複雑な構造をしていた。 「きっと、どストレートに考えればあっちが本拠地につながってると思いますけど……どうします?」 「…………」 「突き進むんですね……」 フランツはがっくりと肩を落としながらも、ネファンから短槍を返してもらうと、部屋を突っ切ってその扉の前に立った。ネファンが軽く耳を澄ませて向こうの様子を確認すると、あとはためらわず全開にして飛び込んでいく。 短い廊下の先には急な勾配の螺旋階段があり、それを勢いよく駆け上ると、その先の出口を見張っていた教団員三人が構えていた槍を振りかざした。 「貴様らが侵入者か!?」 「ふっ」 わざわざそんな問いに答えてやる義理も無く、ネファンは大剣を一閃させ二人、フランツは短槍で相手の槍を絡め取り、あご下を思い切り蹴り上げて一人。 「まさか、こんなところで実地訓練とか……はあ、ダメだ。フィロットのノリを思い出してしまう」 ほぼ初めてのまともな戦闘だというのに、気負った様子が見られないフランツは、ネファンに肩を叩かれて慌てて走り出す。階段を抜けた先は、ネファンが言うには以前この町の工芸記念館だったという建物だった。 「工芸品、全然見当たりませんけど……まあ、察しはつきますが」 叩き壊され、部屋の隅に放置されたショーケースの残骸などを見つつ、フランツは嫌そうな顔をする。と、次の大部屋に飛び込んだ瞬間、戦闘態勢を整えていた教団員たち……五十名近い人間と出くわした。 「げっ」 「……」 あからさまに外套の下で表情をゆがめるフランツの隣で、ネファンは相変わらず無表情のまま。と、彼の大剣を支えていた右腕がゆらりと動いた。瞬間、小さな発砲音とほぼ同時に剣が軽く震え、火花が散る。 「銃器ってあり〜!?」 銃声を皮切りに襲いかかってきた教団員たちを見つつ、フランツは彼らの間に飛び込んで、ひたすら急所を狙っていく。すでにコートの下、胴体部分に防具を仕込んでいるのは外套をはぎ取った時点で分かっているので、狙うは無防備な顔面、もしくは足である。 「ほっ」 「んな、ガキだとっ!?」 「ぶべっ」 誰かが振るった剣が、フード部分を切り裂いたことでフランツの顔があらわになる。一部の人間はその事実にどよめき、結果、決定的な隙をフランツに与えることになってしまった。ある人間は鼻っ柱に柄頭を叩き込まれ、ある人間は矛先で膝裏を切り裂かれる。 ……穏やかそうな態度や童顔や、周囲との実力差など諸々の事情で、フィロットの中では戦闘力が比較的低めと思われているフランツだが、荒事に抵抗や極度の緊張があるわけでもなく、基礎を磨いた槍術は、一般の冒険者と比べても遜色ないレベルである。 一気に四人ほど沈めたところで、フランツの周りには一瞬人がいなくなった。見かけによらず強力な攻撃を繰り出してくるフランツへ近づくのを、一斉に躊躇したのだ。 そこへ。 「ぶご、がああっ!?」 一気に十人以上の人間が倒れ込む。何事かとそちらへ視線を巡らせれば、巨大な剣を自在に振るい、時折放たれる銃弾をあっさりはじき飛ばしながら、教団員たちを壁へ天井へと吹っ飛ばしているネファンの姿。 「ばけも……」 その強さに、思わず逃げようとした教団員だったが、こめかみに強い衝撃を受けて意識を手放す。ネファンの派手な動きに気を取られていた何人かは、フランツがあっという間に片付けてしまった。 そんなこんなで、大部屋にすし詰め状態だった教団員たちで、意識があるものは半分程度、戦意を失っていないものに限れば十人程度になってしまった。 「あの、これからどうするんです? もう下調べしてから二時間と立たずに、こんなところまで来ちゃってますけど……」 「…………」 「ええ、このまま一気に片付けるって。僕の体力考えてくださいよ! いや、まあまだ余力ありますけどね?」 教団員たちは、片割れしか声を出していないにも関わらず、どうやら会話が成立しているらしい侵入者たちを恐ろしげに見つめていた。 (く、贄の数も十分になってきたところだというのに……! こいつら、一体どこの人間だ!?) 「貴様ら、この町の人間でもあるまい。《ガレアン》は今も動かない……何者だ!!」 震える手で 「そろそろちゃんと名乗ります? いや、名乗るというか……あ、そうすればいいんですか」 「ふっふざけんじゃ……」 相変わらず『一人言』を言い続けているフランツに対して、教団員は勢いよく引き金を引く。一気に五発、撃ち出された弾丸は、二発がそのまま後方の壁へ、残り三発はすべてネファンがはじき飛ばした。跳弾が、そばで迎撃態勢をとっていた教団員たちにあたり、彼らは悲鳴を上げながら倒れていく。 「えーと、《変人の町》フィロットより、友人の危機を助けるため動いています。はい、所属はとりあえず言いましたよ?」 「へっ、《変人の町》!? どうしてあそこが、あそこは町の外……そのどこの騒動にも干渉しないはずだろうがっ!!!」 「いつからそんなルールじみたものが常識とされているのか分かりませんが、あの町は別に周りの騒動を無視しているわけではなくて、あっても町中での騒動の方がやかましい場合が多いから気づいていないだけですよ?」 不思議そうに、フランツは答える。が、急に顔つきを引き締めると、ゆっくりと前傾姿勢を取った。それを見て、戦闘再開かとフランツの方に注目した教団員たちは、一拍のち、自身の失敗に気づく。 室内を縦横無尽に駆け巡る、鈍色。 床だけではなく、壁や天井につり下がる金具まで利用して移動したネファンが一息ついた頃には、部屋の中に意識のある人間は、彼自身とフランツのみとなっていた。 「お疲れ様です! えー、先、行きます? 休みます?」 「…………」 「了解しましたっと」 そう答えて、フランツは苦笑しながら走り出す。何人か倒れ込んでいる教団員を蹴飛ばしてしまって、「ごめんなさいっ」と早口で謝ってしまうのは気質からか。 そして、その後も擦れ違う教団員たちを片っ端から吹っ飛ばしていった二人だったが、フランツの体力がさすがに底をつきかけた頃、記念館の奥地で妙なものを発見した。 「「…………」」 ネファンと同じように、それをみてフランツも無表情、無言になる。 その視線は、上を向いていて。 『グルルルウ……』 「……ネファンさん、これ、なんですか」 記念館の地下倉庫に存在していたのは、不気味に明滅する蒼い体毛を持った巨大な獣。首の周りは灰色の硬質そうな毛が覆っており、顔が潰れた犬のようなその姿は、はっきりいって気色悪い。しかも、獣の周囲は泥だらけで、下水の泥も混じっているのか、かなり悪臭がする。 いや、よく見れば、ひからびたように生白い、人間の身体のようなものも見えて。 「……水ダヌキ。ここまで大きいモノは、初めてだ」 ぼそりと、ネファンが獣を見上げながら答える。なんでも、汚泥や濁った池のなかで育つ魔物で、雑食ではあるが、森や洞窟の中に迷い込んだ人間の不安やストレスが好物なのだとか。 「ここまではっきり実体があるのに、主食が生物の感情だなんてちぐはぐな魔物ですね……くっさ……! ていうか、あれ、絶対行方不明になったっていう」 「…………贄、か」 おそらく、《水の使者》たちが言っていた《蒼の神子》とはこの魔物のことを指していたのだろう。一連の嫌がらせじみた町の被害も、水ダヌキの能力でもって行っていたことと思えば簡単に説明がつく。だが。 「簡単過ぎやしませんか? あと、これをどうにかすれば、一応一件落着……?」 「いや」 短槍を構えながら眉をひそめるフランツに、ネファンがはっきりと声を出して、警告する。 「水ダヌキを操ることは、容易でない……倒すことも、しかり」 言った瞬間、水ダヌキが動いた。 そっと、五本ある細長い尾のうち、一本が揺らめく。 ネファンは剣を構え直すと同時に、フランツの腹を蹴飛ばして部屋の後方に吹っ飛ばした。 「が、ばっ!?」 ここにきてまともに攻撃を食らったフランツは、混乱しながらも槍を手放すことなく、顔を上げる。そして、目を見開いた後、心底嫌そうな顔をした。 「くっクラゲぇえええ!?」 五本の尾はいつの間にか分裂しており、数え切れないほどになっている。そして、その身体は体毛からしみ出した妙な粘液に覆われて、一目見て近づきたくないと思わせる様相に変貌していった。 しかし、ネファンは自身を狙って降り注ぐ尾の攻撃をすべてかわすと、躊躇無く水ダヌキの胴体へ突っ込んでいき、その大剣でもって勢いよく腹を切り裂いた。 「やっ……って、ないいいいいい」 思わず歓声をあげかけたフランツだったが、明らかに内臓にまで達したであろう傷口が一瞬で粘液に覆われ、修復されていく様を見て、ネファンが言っていた言葉の意味を理解する。 「ね、ネファンさん、これもう手に負えないんじゃ……!」 「…………」 フランツの叫びも一切無視して、ネファンは次に首を切り落とそうとする。大剣の周囲に霊力で構成した風をまとわせ、わずかな隙を見つけ、一気に振り上げる。ガイルやレイドが見せたスライスよりも、遙かに巨大な風の刃が水ダヌキの首を綺麗に切り離した。 はずが。 『グボォオオオオオオオオオッ!!!』 「再生が速いっ! えええこれ詰んだんじゃ」 またしても復活してしまう水ダヌキの再生力の高さに呆れながら、フランツは自分にできることを考える。ネファンの剣技をもってしても倒せない魔物など、一体どうすればいいのやら。 「……あ、やる価値は、ある?」 そうつぶやいて、短槍を握る手に力を込める。腹部の痛みも和らいできたのを確認して、フランツは起き上がると、ゆっくり水ダヌキのそばへ近づいていった。水ダヌキはすばしこい動きで翻弄するネファンに夢中なのか、フランツに目を向けることすらしない。 もうちょっと、と一歩足を踏み出した、そのときだった。 「フランツ!!!」 今までに聞いたこともないような大声。 それがネファンのものだと理解するのに、また少し時間がかかった。 気づいたとき、フランツは十本近い尾に絡め取られて、宙に浮かんでいた。 「はっ……!?」 状況を把握する間もなく、背中に強い衝撃を感じて思わずのけぞる。途端、体中を冷気が駆け抜ける。 (これやばいこれはヤバイと思うっ……) 急速に狭まっていく視界に危機感を感じたフランツは、空いている左手で思わず尾の一つを掴む。 そこから、真紅の輝きが漏れ出し、尾の一本をあっという間に焼き尽くす。水ダヌキは悲鳴を上げて、フランツを放り投げようとした。だが、フランツは次の尾を握りしめており、そのまま揺さぶられた勢いで持って水ダヌキの腰の部分へ着地する。そのとき、体勢を整えるため短槍を深く突き刺すと、短槍自体も粘液に覆われていき、身体の中へ取り込まれそうになる。 「よっ」 短槍がすべて飲み込まれる前に、その柄頭をしっかりと掴んだフランツは、そこに力を一気に注ぐ。自分が生まれたときから持っている、異種族の力。 柄頭から柄、そして刃の先まで彫りこまれた溝を通って、力が注ぎ込まれ、爆発する。水ダヌキはそこで始めて、苦悶を交えた絶叫をあげ、周囲の粘液をフランツの周囲へ集めていった。 そして、丸出しになった水ダヌキの首を、ネファンが切り落とし、刻む。 「……フランツ!」 ようやっと息絶え、身体も粘液もどろどろに溶け消えていく水ダヌキのなれの果てをかきわけて、ネファンは厳しい表情を浮かべながら、埋もれた少年の姿を探す。と、粘液の山の一部が崩れて、短槍の先端がのぞいた。 「……あー、今ほどセーレーン族の血を引いてて良かった、と思ったことはないかも……」 直前に水ダヌキへ気力を吸い取られかけ、その上で自身が持つ神力の大半を放出したフランツは、ネファンに助け出された後もぐったりとしていた。 何事かをぼそぼそとつぶやいたあと、気を失ってしまったフランツを抱えつつ、適当に脱出しようとしたネファンは、背後からばたばたとやかましい足音が響いてくるのを感じてため息をつく。 ……地下倉庫へ降りてきたのは、武装した教団員たちと、彼らに守られるリーダー格の男。男は消えゆく粘液ばかりが残り、肝心の水ダヌキが見えない室内を見渡して、蒼白になった。 「き、貴様……あれを倒したと……!?」 男は、フランツを抱えたまま何も語ろうとしないネファンを睨みつけると、教団員たちに声高に命じた。 「こ、殺せ!!! 《水の使者》再興を潰しやがって……跡形もなく殺してしまえっ!!!」 「……やはり、過去の亡霊……残党か」 再興、という言葉を聞いて、ネファンの視線がさらに冷ややかさを増す。 と、同時に、フランツを抱えたままでこの人数を同時に相手取るのはさすがに不可能だと計算し、 かち スイッチを、押した。 ネファンの周囲の空間が歪み、駆け込んだ教団員がたたらを踏む。と、その間の抜けた顔面を、シンプルなメイスが横殴りにした。メイスは歪みの中からにゅっと突き出ており、そこから徐々にメイスを持つ腕、肩、人間の顔が見えてくる。 「おーおー、今まで後手後手に回ってた《ガレアン》様だぜぇ。おら合図だ!!! テメェら全員とっっかかれぇ!!!」 おおおっ! と雄叫びを上げるのは、この場に転移してきた黒い制服の面々。その数は二十人近く、そのうち数名はこの倉庫に充満する悪臭に顔をしかめる。と、ネファンの抱えるフランツの容体に気づいた治療班の人間が、慌てて駆け寄ってきた。 「その子は!? どこか、怪我を」 「……外傷は、ない。ここにいた魔物に気力を奪われたのと、神力行使で限界がきた」 「では、こちらのフォンターをお使いください、気休めにしかならないとは思いますが」 隊員が差し出してくるビンを受け取り、ネファンは小さく頷くと、着々と転移魔法でこの部屋に飛んでくる隊員たちとは別に、事前捜査のときに受け取っていたスクロールで、この場から脱出した。 ……そして、《水の使者》は実に呆気なく、その日のうちに指導者が捕縛され分解されることとなった。 ◇ Next |